雨すごいですね。
今日は、以前ツイッターで紹介したのに誰も反応してくれなかった記事をこの場で再掲しようと思います。
みなさん絶対読んでください。
私が大好きな記事なので。
【連載】『世界の辺境とハードボイルド室町時代』第2回:「バック・トゥ・ザ・フューチャー」 未来が後ろにあった頃 - HONZ
この先は記事を読んでからみてくださいね。
読まずに見てもいいですけど。
特に好きなところを引用してみます。
現代人に「未来の方向を指してみてください」と言うと、たいていは「前」を指さしますよね。でも、そもそも古代や中世の人たちは違ったんです。未来は「アト」であり「後ろ」、背中側だったんです。
これは、勝俣鎮夫さんという日本中世史の先生が論文に書かれていることなんですが、戦国時代ぐらいまでの日本人にとっては、未来は「未だ来らず」ですから、見えないものだったんです。過去は過ぎ去った景色として、目の前に見えるんです。
たしかに言われてみると、過去の話って「後」であるはずなのに、未来の話でも「後」と言うことって結構多いですよね。
日本語特有なのかは分かりませんが、時間軸に対する言語のブレのようなものがある気がしますね。
この後の文章で、技術の発達によって「未来は前にあるもの」という考え方に移行していったとありますから、未来が後ろにありつつ、前にも現れた、という感じでしょうか。
時間に対する考え方が時代によって違うってことにも驚きですよね。
もしかしたら、時代だけではなくて国によっても違うかもしれません。
つまり、中世までの人たちは、背中から後ろ向きに未来に突っ込んでいく、未来に向かって後ろ向きのジェットコースターに乗って進んでいくような感覚で生きていたんじゃないかと思います。
未来に向かって後ろ向きのジェットコースター、良いですよね。好きな言葉です。
私達は今も、後ろ向きにジェットコースターに乗って生きている時がある気がします。
未来は前にある(と考えている)のに「後でね」と言うし、過去は後ろにある(と考えている)のに「この前ね」なんて言いますよね。
この話を知ったからといって何か今後の(あ、未来の話なのに後って言ってますね)参考になるわけではないかもしれませんが、こういう考え方に気づけただけで私は良い人生を送ってるなと思えます。
ただ生きるだけなら誰でも出来ますもんね。
私は、「知る」ということを怠らずに生きていきたいなぁ。
ばいばい